感性工学

感性の定量化に挑むアルプスアルパインの感性工学

私たちは日常のなかでさまざまなことを感じながら生きています。例えば「操作感」や「軽快感」など、言葉にすると一言で済む感覚ですが、そう感じる理由を物理的かつ定量的に表現するのは難しいことです。アルプスアルパインは人間が感じたことを定量的に評価する「感性工学」を取り入れ、それを活用した製品作りに挑んでいます。

感性工学とは

アルプスアルパインでは感性工学を「人間を中心にすえた工学で製品・商品の価値を向上させる技術」と定義しています。人の感性とは高級感、心地よさなどの体験を通して実際に感じるものです。

アルプスアルパインの製品開発の進め方はこうです。まず、人間がどのような場面でどのようなことを感じるのかという「感性価値」を知り、次に感性価値を物理的かつ定量的に評価します。そして、評価した感性価値を製品づくりに活かすのがアルプスアルパインが考える感性工学の目指すところです。

一方、感性は新しく生まれるものではなく、例えば「高級感」は、これまで経験してきた高級なものと比較したうえで認識します。そのため定量評価も大切ですが、世の中の他の製品との共通性も重要です。

お客様が求める感性の代表的な要素として、高級感や心地よさが挙げられます。しかし、感覚を他の人に言葉で伝達するには、表現すると形容詞や比喩(感性語)になってしまい正確に伝達できない場合が多くなります。そのため、新しい取組みとして感性語を3つの層に分解して考えます。

最も高い層にあるのが「心理」で、これは高級感など感性語そのものです。次の層が「感覚」で、明瞭感や軽快感といったより具体的な感覚になります。そして最下層が「物理」で作動力やクリック距離と定量的に表現できるようになります。

このように感性という曖昧な表現を、物理量を使った正確な表現に変えていき、心地よさと明確さを基準にマッピングした「感性マッピング」を作成します。このマップ上でさまざまな製品を位置づけすることで相対的に比較できるようになり、お客様とのすり合わせにおいて具体的に会話できるようになります。

アルプスアルパインでは各種スイッチ(物理ボタン)に使用されるタクトスイッチ®や、ディスプレイ上のボタンとして使用される触覚デバイスにおいて、感性工学を活用した製品作りを行っています。

「人の感性に寄り添うテクノロジーを未来で作る」と企業ビジョンにも定められており、アルプスアルパインは感性工学をプライオリティの高い技術に位置づけています。

感性を技術体系にする

スイッチの「押し心地」を科学する

開発者は感性語を分解して得られた物理量を用いて製品を開発します。このとき、縦軸を作動力(Force:力)、横軸をクリック距離(Stroke:ストローク)として両者の関係を表す「S-Fカーブ」を用います。このグラフからはスイッチを押したときの感覚を読み取ることができます。例えば作動力が同じでも、クリック距離が短ければシャープに、長ければソフトな押し心地になります。

アルプスアルパインの主力製品であるタクトスイッチ®はS-Fカーブによる分析を活用して開発しています。タクトスイッチ®は自動車の各種スイッチに用いられているもので、用途によって押し心地のバリエーションが必要です。例えばエアコンの温度調整ボタンなど頻繁に操作するもの、仮に意図しない操作が行われても危険性が低いなら軽いタッチが良いです。しかし、前走車に追従するオートクルーズコントロールなど意図せず作動すると危険なスイッチはやや重いタッチが求められます。

タクトスイッチ®にはドーム状の金属のバネが入っており、このバネの厚さを変えることによりフィーリングを変えています。しかし、根拠なく厚さを決めることはできないため、感性語から落とし込んだ物理量を用いて厚さのバリエーションを作っています。

触覚の感性評価

従来は感性語を用いた被験者の主観と実験者の経験に基づく方法で評価していました。しかし、これでは高級感や心地よさといった心理量と機械的特性(物理量)の相関関係があまり分かりませんでした。そこで、快適な感覚の定義と設計標準化によってユーザーエクスペリエンスを向上させるため、評価グリッド法を採用しました。

評価グリッド法とは上位(心理的理解)、中位(感覚的理解)、下位(知覚的理解)の3つの概念どうしの因果関係を、被験者へのインタビューによって求めるものです。例えば3種類のスイッチがあり「最も快適なスイッチ」を選びたいとします。それぞれを操作してもらった後、最も快適だと思うスイッチを挙げてもらい、そのスイッチを操作したときの感覚的理解をもとに心理的理解や知覚的状況をヒアリングします。それをまとめることで、「快適なスイッチ」は、押したことが分かる確実性と、軽く押せる軽快性によって成り立っていると定義づけることができます。

なお、快適性や心地よさは視覚、触覚、聴覚から感じた情報の組み合わせによって成り立っており、これを「クロスモダリティ」といいます。アルプスアルパインは特に触覚と聴覚のクロスモダリティの解析に力を入れており、快適な複合感覚を生むためにはそれぞれの最適化だけでなく、優先度などの調整が必要です。アルプスアルパインはその調整のための知見と技術をもっており、複数の感覚に同時に訴えかけることができます。

感性工学の総合的な応用

お客様から求められる感性デザイン

お客様からは「高級感」や「心地よさ」といった感性語での要求をいただきます。お客様によっては感性語を定量的に表現できていない場合もあるため、アルプスアルパインがそのお手伝いをします。

例えば、商談の場には実際に操作できるスイッチのサンプルをお持ちします。言葉にすると同じ高級感や心地よさでも、お客様によって求めるフィーリングには多少の差があります。そのため、触感の幅をもつ複数のサンプルを用意することで、お客様と具体的な感性のすり合わせができます。お客様はサンプルを操作することで自分たちの求めていた感性を確信する場合もあり、非常に好評をいただいています。

機能性と意匠性を両立する感触デバイス

感触デバイスとは、タッチディスプレイなど物理的なスイッチがない場所を押したときに、何らかの命令を実行できるデバイスのことをいいます。その際振動によって、スイッチが押されたことをユーザーにフィードバックします(触覚フィードバック技術)。

近年、タブレットのような大きなタッチディスプレイを搭載した自動車が増えてきました。これは自動車の機能や設定項目の増加に対応するためです。さらに設計の自由度が高く、デザイン性に優れたインパネが構築でき、物理的なスイッチと異なり隙間がないため防水性も向上します。

また、触覚フィードバックは従来の物理的なスイッチとできる限り同じ感触が良いと考えます。多くの方は物理スイッチを経験しているため、差が大きいと違和感につながるからです。同じ感触に作り込めるのは、タクトスイッチ®と感触デバイスの両方を手がけるアルプスアルパインだからです。

研究開発と産学連携

アルプスアルパインではHMI(ヒューマンマシンインターフェース)におけるさまざまな研究を行っています。例えば視覚と聴覚、触覚を組み合わせたクロスモダリティの研究では感性軸マップからS-Fカーブへ展開する「感性から定量化」への研究を進めています。

デザインや使用感が良くても、それがなぜ良いのか定量的に説明できない場合があります。そういった曖昧な概念や言葉を定量化するために必要なのが感性工学です。これらの研究成果を自動車技術会や日本音響学会など各種学会で発表しています。

大学との共同研究も行っています。「スイッチの操作感の感性的理解」、「振動素子を使ったリラックス効果の確認」、「触覚と聴覚の感性の構造化によるクロスモダリティの要素」などについて、東北大学、中央大学、上智大学などと共同で研究を進めています。

自動車にはさまざまなスイッチがあり、その質感一つが車全体の印象に影響を及ぼすことがあります。また、スイッチの押し心地や触覚フィードバックは「操作がデバイスに受け付けられた」という安心感を生みます。これからもアルプスアルパインはユーザーの感性価値向上のために、各種スイッチの研究開発を継続していきます。

感性工学の新たな展開

スイッチを超えた応用領域

アルプスアルパインの感性工学は、自動車用スイッチの枠を超えて、さまざまな領域への応用も進めています。

例えば、ゲーム機では攻撃を受けたときの衝撃感を触覚フィードバックで再現し、よりリアルで没入感の高い体験を提供しています。スタイラスペンでは、紙に書くときの微妙な抵抗感や滑らかさを再現することで、デジタルでありながら自然な筆記感覚を実現しています。また、車載のボリューム調整などに使用されるエンコーダーでは、回転させたときのクリック感や操作感を最適化し、運転中でも直感的に操作できるインターフェースを提供しています。

未来への挑戦

アルプスアルパインが目指す感性技術の最終到達点は、人の感性とものがシームレスにつながる世界です。この実現に向け、現在のタクトスイッチ®や触覚デバイスで培った「人間の感覚を定量化する技術」と「物理的刺激を最適化する技術」は、重要な基盤となります。
将来、クロスモダリティやメタバースといった技術と組み合わせながら、人の感性に寄り添うテクノロジーの究極の形として、人間の脳活動と機械が直接結びつき、考えるだけで機器を操作したり、機器からの情報を脳で直感的に感じ取ったりする技術が日常生活に溶け込む未来を、アルプスアルパインは見据えています。

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